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岡山地方裁判所 昭和44年(ワ)183号 判決

原告 久保守

被告 須田ヱミ子 外一名

主文

被告須田ヱミ子は原告に対し、三七万七四〇〇円およびこれに対する昭和四四年三月二七日から右完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。

原告の被告須田ヱミ子に対するその余の請求ならびに被告遠藤マサ子に対する請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告須田ヱミ子との間に生じたものは、これを五分し、その二を同被告の、その余を原告の各負担とし、被告遠藤マサ子との間に生じたものは原告の負担とする。

本判決第一項は仮りに執行することができる。

事実

原告は、「被告らは連帯して、原告に対し、八三万六六三九円およびこれに対する昭和四四年三月二七日から完済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、次のとおり主張した。

一、原告は建築業者であるが、昭和四三年六月六日頃、被告らの注文で、岡山市紙屋町所在バー「キスミー」の店舗内装改造工事を八〇万円の報酬で完成することを約し、同年七月四日に所定工事をほぼ了して被告らにこれを引渡した。

二、原告は工事施工中に、被告らの求めにより、約定外の追加工事等をもしたが、これが報酬四三万六六三九円をも合算すれば、報酬総額は一二三万六六三九円となるので、被告らに対し、そのうち未払残額八三万六六三九円とこれに対する前記引渡後である昭和四四年三月二七日から完済にいたるまで商法所定の年六分の割合による利息の連帯支払を求める。

三、(一) 原告は、被告須田ヱミ子主張の三の(一)の本件工事完成期限の確約をしたことはない。もつとも被告らが同年七月一日に開店したい希望であつたので、これに間に合わせるよう努力したが、約旨の工事中には、調理場の工事も含まれており、この工事は板前の意向を聞く必要があり、被告らは開店後雇傭する予定の板前を呼んでその意向を聞くことにすると言いながら、日数を経過するも一向にその手筈を整えようとせず、原告はやむなく知り合いの板前に来てもらつて、その意見をとりいれて調理場の工事を進めたりなどしたのであるが、そのため七月一日までには間に合わなかつたのであつて、その責めは被告らにあると言わなければならない。

(二) 被告須田ヱミ子主張の三の(三)の事実は争う。その主張の各物件は、改造前の店舗に使用していたもので、改造後の店舗では使用できないばかりか、改造工事施工の邪魔になるため、原告が被告らから頼まれて、やむなく撤去作業にあたり、撤去すればたちまち分解して用をなさない物件、商品価値の全くないためその承諾のもとに廃棄した物件等を除いては、原告が現在もその保管にあたつているが、被告らが返還を求めに来ないので、そのまゝになつているにすぎない。

被告ら訴訟代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、次のとおり主張した。

一、原告主張の一の事実中、原告が建築業者であること、原告が被告須田ヱミ子の注文で、その主張の店舗改造工事を、その主張の報酬で完成する旨約したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、同二の事実は否認する。原告は被告須田ヱミ子の示した設計図に記載してない工事を勝手に行い、かつそれも完成していない。この未完成分の工事報酬額は五万八九〇〇円相当である。

三、(一) 被告須田ヱミ子は、本件約定による工事完成後、同店舗を利用して営業する予定をもつていたものであつて、その開店を同年七月一日と定めていたから、本件約定による工事も同年六月末日までに完成する旨の確約を原告から得ていた。ところが、原告はその責めに帰すべき事由で、約旨の工事を遅延し、被告須田ヱミ子はそのため、開店が三日遅れることとなり、これによつて次のような損害を蒙つた。

1  家賃出損額 三六〇〇円

2  人件費出損額 一万八六〇〇円

(二) 原告は昭和四四年一月中旬頃、被告須田ヱミ子が営業中、その店舗に乱入して、顧客の面前で暴言を吐き、乱暴をした。同被告は原告のこの不法行為によつて、重大な精神的苦痛を蒙つたのであるが、そもそも原告は同被告の注文どおりの工事をせず、約旨の期限に遅れ、その上工事を完成してもおらず、同被告は顧客に対して恥をかいた等の経緯が存することをも併せ考えれば、被告が蒙つた苦痛は、これを慰藉するに金銭をもつてするとすれば、五万円が相当である。

(三) 原告は、本件工事に着工した当初、被告須田ヱミ子所有の左記物件を不注意で壊したり、勝手に撤去して返還しなかつたりして、これが時価相当の損害を同被告に与えた。

1  テーブルと椅子 (四人かけ)二組 一〇万円

2  同       (五人かけ)一組 六万円

3  同       (六人かけ)一組 五万円

4  カウンターの椅子      六脚 三万円

5  じゆうたん         一枚 一万円

6  戸棚            二個 一万円

7  飾その他             二万円

8  電灯設備             一万円

9  装飾用電灯         一個 五〇〇〇円

10  冷蔵庫          一個 三〇〇〇円

11  植木と台         一組 二〇〇〇円

(四) 被告須田ヱミ子は、右(一)ないし(三)の各損害賠償債権をもつて、原告の同被告に対する本訴請求にかかる債権に対して、それが互に弁済期にあること明らかであるから、本訴において対等額で相殺する。

立証〈省略〉

理由

一  原告が建築業者であること、そして被告須田ヱミ子との間で、その主張のような本件請負契約をした事実は当事者間に争がない。

二  右争のない事実と、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一号証、乙第九号証の一ないし一六、被告須田ヱミ子に対する本人尋問の結果により成立を認めうる乙第一ないし第五号証、成立に争のない同第六、七号証、証人松本時好、土井勗、井上正恵の各証言、原告本人、被告須田ヱミ子、遠藤マサ子各本人に対する尋問の結果(ただし、以上の各人証による証拠中、後記認定に反する部分は、措信できないので除く。)に、弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

原告は、訴外松本時好の紹介で、バー「キスミー」の経営者たる被告須田ヱミ子が、店舗を改造して和風スタンドにしたいとの意向を有していることを知り、昭和四三年五月末ないし六月はじめ頃、右店舗二階において、同被告やその姉の被告遠藤マサ子等と会い、訴外土井勗の作成した設計図をもとにして、改造工事についての注文を受け、開店は同年七月一日にしたい旨の希望に接したのであるが、工事完成には着工してから約一ケ月かかる見通しであつたので、右開店予定日までに完成引渡しすることは難しいと考えて、その旨を述べたが、被告須田ヱミ子が強い希望をもつていたので、できるだけ間に合わせるように努力する旨を答え、ついで同被告から同年六月八日が大安の日で日柄がよいから、着工してもらいたいと言われ、同日着工したところ、店舗内には、従来の営業用動産が存して、工事施行の邪魔になるため、その始末方を被告須田に申し述べたところ、同被告は、置場所がないので、よいように取り計つてくれと答えたので、原告は、被告須田主張の三の(三)の物件の撤去、搬出作業にあたつたが、そのさい9、11の物件を不注意から壊し、また10の物件はその後他に勝手に売却して合計一万円の損害を右被告に与えたものの、6ないし8の物件は従来の店舗備えつけの物件で撤去すればそのまま分解して価値のなくなるべきもの、また5の物件は煙草の焼跡などがあつて、相当使い古してもおり、店舗の使用にたえうる体のものとは言えず、被告はこれを廃棄したが、それは異議をさしはさみえぬような無価値なものであつたし、その余の物件は原告が現在も保管している。

かくして原告は、工事を施工していつたが、被告須田の示した設計図は、現場の状況と付合していない点があつたりなどして、原告は設計者たる訴外土井と相談して一部設計を変更したり、また必要な限度で部分的な手直しをしながら工事を進めたが、その間、被告須田は請負契約であるのに、原告が予定している使用材料よりも良質高価な材料を使用するように申し付けてそのようにさせたりなどした。

そのうち原告は本件約旨の工事中に含まれている調理場の工事にとりかかろうとしたが、調理場は本来これを使用する板前の意向を取り入れて工事を進める方がよいと考え、その旨被告須田に話をもちかけたところ、同被告は開店後雇傭する予定になつている板前にその旨を伝えて打ち合わせをするように取りはこぶことを約しながら、一向にその手筈を整えないため、原告は工事を急ぐため、やむなく知り合いの板前に来てもらつて、その意見をとりいれて該工事を進めるようにしたことや、また原告の雇傭する人夫が農繁期のため休むなどの事情がからみ、そのいずれが決定的な因となつたか判然としないが、努力目標の七月一日までに工事を完成することができないようになつた。

被告須田は、なお、本件約旨の工事内容のほかに、炊飯器設置、冷却装置設置等併せて三万八四〇〇円相当の工事を原告にさせた。

右のような経過を辿つて、工事は、同年七月四日には、外装工事の一部とカウンターまわりの工事の一部等を残し、とりあえず営業に差し支えない程度まで進行したので、被告須田は同日その引渡を受けて、開店し、これを利用して営業をはじめ、原告はその後暫くの間、未だ完成していない右工事部分を営業にさしさわりのないよう見はからいつつ、続けて工事を進めていたが、それまでに要した出費が、被告須田の良質材や請負内容外の追加工事施工注文で約旨の報酬額八〇万円をかなり上廻つたので、引渡しも了していることとて、すでに支払を受けている四〇万円を除いて、支払方を被告須田に求めたところ、同被告は、被告遠藤マサ子が本件工事を注文したり、また本件店舗を経営したりするのでもないのに、「店は私が経営するか、遠藤が経営するか判らないから、それが決まつたら連絡するから、金を取りに来てもらいたい。」とその場逃れの遁辞を弄し、その後再び原告が催促したら、「勝手にしてくれ。」と言つて取りあわなかつたので、原告も約旨の工事内容を九三%ないし九五%程度なしおえたところで、その後、工事続行を止め、被告須田は、他の請負業者に依頼して、未了の残工事を、割高な八万一九〇〇円でしてもらつた。

原告は本件工事を通じて、被告須田の叙上の厚顔な態度に立腹し、同被告主張の頃、飲酒して、その営業中の店舗に行き、顧客の前で暴言を吐き、乱暴に及ぼうとし、同被告に精神的苦痛を与えた。

以上のとおり認められる。

三  そうしてみると、原告主張の本件契約は、被告須田ヱミ子との間に締結されたものであつて、被告遠藤マサ子との間にも締結されたとなすは該らないから、本訴請求中、同被告に対する部分は失当として棄却を免れない。

四  そこで被告須田に対する原告の請求について判断する。

原告は、その主張の本件約旨による工事を完成していないことは、さきに認定したとおりである。

本来、請負契約による報酬請求は、約旨による仕事を完成のうえ、引渡しと同時になしうるものであることは、わが民法の明定するところであつて、この点が委任契約や雇傭契約と異る重要な指標の一つであることも疑がない。されば約旨の工事を完成していない原告は、報酬を請求しえないということになる。しかしながら、本件についてみるに、被告須田ヱミ子は、原告に対して、その予定している資材より良質高価な資材を使用させ、約旨の報酬額を上廻る出費を原告にかけているし、工事そのものも九三%ないし九五%は仕遂げており、しかも右被告は開店を急ぐためとは言え、自ら原告より引渡しを受けて、その成果を利して営業をし、原告が残工事の継続施工をしなくなつたのも、同被告の前叙態度に起因していることに照らせば、原告が未完成ながらその施工したところに見合うだけの報酬をも請求しえないとなすことは、信義則上相当でない。右被告が残工事を他に依頼して出捐した額が割高であること、原告の施工割合が九三%ないし九五%に及ぶことを勘案すれば、これに見合う報酬は約旨による報酬額が八〇万円であることを基準として、七五万円とするのが相当である。そして原告が右被告から頼まれてなした約旨外の工事費が三万八四〇〇円であるから、これを合算した七八万八四〇〇円を原告は同被告に対し、施工工事報酬金額として、請求しうると言わなければならない。

五  被告須田は、本件契約には、約旨の工事を六月末日までに完成すべき旨の期限の定めがあつたことを前提として、原告の責めに帰すべき履行遅滞による損害の賠償請求権を有すると主張するのであるが、前叙認定のごとく、本件にあつて、七月一日の開店予定日に間に合わせようということは、その前日を履行期とする確約とまでみることはできず、それは原告の努力目標にとどまるものであつたから、しからざることを前提とする右被告のこの点に関する主張は爾余の判断をもちいるまでもなく失当である。右努力目標が達成できなかつた因としては、前叙認定のごとく同被告が調理場の工事施工について原告に協力しなかつたことも見逃しえず、農繁期で人夫が休んだことのみをことさら採り上げて、原告の責めに帰すべきものとなすは該らないことも念のため付加しておきたい。

六  原告が被告須田主張の三の(二)の不法行為をしたことは、さきに認定したとおりであり、原告が酒の勢をかりてでも、かくせざるをえなかつた経緯に徴すれば、右被告が蒙つた精神的苦痛は、これを慰藉するに金銭をもつてするとすれば一〇〇〇円が相当である。

七  そして被告主張の三の(三)については、そのうち不法行為による損害と目すべきものは、前叙認定からすれば、9ないし11の合計一万円であると言わなければならない。その余の部分は失当と言うほかはない。

八  しかるところ、被告須田が右六、七の賠償債権を自働債権とし、原告の本訴請求にかかる債権を受働債権として、相殺適状となつた後、本訴において対等額で相殺すべき旨の意思表示を原告に対して、したことは当裁判所に明らかであるところ、そのいずれも原告が本訴において請求している利息の始期より以前に夫々相殺適状になつており、右相殺の意思表示はこれら相殺適状の時点に遡つて効力を生ずべきことは言うまでもない。

九  以上により、原告の被告須田に対する本訴請求は、未払報酬残額部分三八万八四〇〇円(七八万八四〇〇円から支払済部分四〇万円を控除。)から、前記相殺による消滅部分たる一万一〇〇〇円を控除した三七万七四〇〇円とこれに対する施工工事引渡より後であること明らかな昭和四四年三月二七日から完済にいたるまで商法所定の年六分の割合による利息の支払を求める限度において理由があるので、この部分に限つて認容することとし、その余は失当として棄却すべきものである。

一〇  よつて、民訴法九二条、八九条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 裾分一立)

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